医療的ケア児家庭の通学・通所の課題とは?~通学支援モデル事業から見えてきたこと~
「医療的ケアシッター ナンシー」は、医療的ケア児や障害児のご自宅に看護師が訪問し、医療的ケアと遊びや活動を行うシッターサービスです。
各種制度を組み合わせることでナンシーでは通常の訪問看護サービスよりも長時間のお預かりができます。
そのため、お子さんのケアに加えて五感を刺激して発達を促す遊びや学習のサポートを行うことができ、その間親御さんには自由に過ごしていただくことができます。
ナンシーは通常はご自宅へ訪問するサービスですが、2022年1月からは、横浜市と協働で「通学支援モデル事業」をスタート。
横浜市立特別支援学校に通うお子さんを対象に、横浜市教育委員会が学校への送迎用車両と運転手を手配し、ナンシーの看護師が同乗して送迎児の医療的ケアを行いながら、通学を支援する事業です。
本モデル事業について全3回にわたって、概要や実施に至る経緯についてご紹介します。(第1回の記事はこちら)
第2回では、実際にモデル事業を利用した保護者の金野さんと鈴木さん、導入に尽力された横浜市立東俣野特別支援学校 中井 大輝主幹教諭、そして通学支援業務に携わるナンシーの看護師を交えて対談を実施。
本記事では当事者でなければわからない、医療的ケア児の通学時に生じる困りごとや、モデル事業の話を聞いた時の心境についてご紹介します。
親と子それぞれの自立につながる選択肢を。ナンシー利用のきっかけ
――元々お二人は「医療的ケアシッター ナンシー」をご利用されており、その後、通学支援モデル事業に参加することになったんですよね。まず、ナンシーを利用することになったきっかけを伺えますか?
金野さん「コロナ禍による学校休校がきっかけです。ベビーシッターも含め、預かってくれる場所を探しましたが、医療的ケアを行える事業所がありませんでした。
休校がいつまで続くのか先が見えず、このまま息子の居場所がない状態が続くのはまずいと焦っていました。そんな時にたまたまフローレンスさんを見つけたんです。
当初は東京エリアを中心に展開されていたのでダメ元で問い合わせたところ、すぐにご連絡いただいて一週間後には利用開始(※)。そのスピード感には感動しましたね。あの時は行き場を失っていたので、本当に助かりました。」
※当時はすぐに利用できるよう特例で支給が決定されたため。通常お手続きには1~2ヶ月かかります。
鈴木さん「私たちが通っている東俣野特別支援学校には保護者有志で立ち上げた「呼吸器生活向上委員会」があります。その委員会の顧問をお願いしている横浜市会議員の鈴木太郎さんから、横浜市でナンシーを展開するにあたり保護者たちと座談会ができないかとお声がけいただきました。
そこで初めて、フローレンスという団体があることや、ナンシーを知りました。それまで、横浜市では「居宅訪問型児童発達支援サービス」を提供する事業所がなく、訪問看護ステーション以外に自宅に訪問して医療的ケア児を見てもらえるサービスがあることすら知りませんでした」
――当時、鈴木さんは学校の付き添いと放課後デイサービス(放デイ)への送迎と、大変な日々を送っていたそうですね。
鈴木さん「当時は学校から付き添いを求められていて、私の運転で学校に送り届けた後はそのまま校内で待機していました。息子は火曜日と水曜日は放デイに行っていて、行きは事業所の車で連れて行ってくれるんですが、帰りはまた私がお迎えなんですね。しかも水曜日は自宅から遠い事業所で、私が一旦自宅に戻れる時間はないんです。なので水曜日は付き添い後そのまま放デイ先まで車で着いて行って、終わる時間まで車内で待っていました。朝9時過ぎにバタバタと家を出て、夕方6時ごろに息子と一緒に帰宅します。そこから清拭など時間のかかるケアをして、家事をして、翌日の準備をして、というハードなスケジュールを送っていました。
本当に毎日送迎と付き添いでヘトヘトで。夜中も3時間おきに起きてケアをしているので、居眠り運転するくらい疲弊していて。危ないので放デイを休む日もありました。それでも放デイを続けようと頑張ったのは、卒業後の居場所として繋がりたかったのと、息子に学校以外の学びや体験の場、友だちを作ってあげたいという一心からでした。
そんな時にナンシーの存在を知り、わが家が求めているのはこれだ!と感じて、利用を始めることになりました」
当事者にしかわからない通学・通所における送迎の大変さ。「当たり前」が当たり前にならない現状
――医療的ケア児を抱えるご家庭にとって、通学・通所にはどのような困りごとがあるのでしょうか。
鈴木さん「通学中も車内で医療的ケアが必要な場合があったり、呼吸器を使用している子には呼吸器管理ができる看護師の同乗が必要になるので、スクールバスで通うには課題がたくさんあるんですね。なので医療的ケア児は通学手段から保護者が整えなくてはならなくて、必然的に保護者が送り迎えするしかないんです。そうすると今度は、親の体力がもたないという問題が出てくるんです。さらに放デイへの送迎もプラスされると、保護者が送迎に取られる時間と労力は相当な負担になるんです。
ナンシーを利用してからは息子も安心できる自宅のベッドで様々な体験や学びを提供してもらえる。
眠くなったら寝ることもできるし、私もその間にご飯の支度をしたり休息を取ったり、自分の時間を過ごせるようになりました。
子どもが大きくなるとだんだん送迎も大変になるし、私も歳を取り、してあげられることも少なくなってくる。そういう不安が大きかったので、ナンシーのサービスはすごくいいなと思いました」
金野さん「息子の場合は、小学校一年生の時から地域の福祉協議会などと相談しながら通学の形を築いていきました。四年生までは週5日、ボランティアの方の運転で自家用車に親も同乗して送迎していたんです。
けれども、四年生になった時に急遽ボランティアの方が送迎できなくなってしまって……。毎日お願いしていたので本当に困りました。他の事業所にも掛け合ってみたのですが、そもそも通学支援をしている事業所が少ないんです。
とにかく息子を学校に通わせてあげたい。しかし、学校に通う手段がない。一般的には当たり前のことができないというのが、すごく辛かったですね」
「我が子の学びが確保される」切実な願いが込められた通学支援
――「子どもを玄関で見送る」という“当たり前”が当たり前にできない状況という、当事者にしかわからない困りごとがあったのですね。そのような状況の中、通学支援モデル事業の話を聞いた時はどのようなお気持ちでしたか?
金野さん「通学支援があれば、息子が学校に通う手段が確保できる。そのことがとてもうれしかったです。
これまでは、通学時の送迎を担ってくれる事業所と日程が合わない時もあり、常に家庭内や送迎を担ってくれる事業所との日時の調整に追われている状況でした。また、スクールバスに乗車できない場合送迎にかかる費用はすべて自腹です。市からタクシー券を補助していただいても、1年間分として支給されたタクシー券は2ヶ月もすれば使い果たしてしまう。他にも、送迎にかかる時間は往復で2時間かかりますし、学校での付き添いもある。金銭的にも時間的にも負担があり、そのうえ各方面での調整すべて親が担わなくてはいけない。それらの条件がすべて揃わないと学校に通えないんです。
それでも学校には通わせてあげたいですし、負担であっても通学日数を減らしてまで自分が休息することは考えられなくて……。
自分が倒れたら息子が学校に行けなくなる、という不安も大きかったです。親の体調に関係なく、子ども自身の体調で学校に行く・行かないかを決められるという普通のことが難しいんですよね。」
鈴木さん「息子は吸引の回数が少なく学校までの距離も近いので、車中では特にケアはせずに通えていました。送迎も私1人でできていた状況でしたし、お話をいただいた時は『うちよりもっと大変なお家があるはずなのに、利用していいのかな』という気持ちでしたね。
でも、普段からナンシーを利用している家庭がまずはトライしてみることに意味があるのかもしれない、と考えるようになったんです。「通学支援」自体がもっと世の中に広がっていくための第一歩だと思って、お願いすることにしました」
通学支援モデル事業を将来につなげるために工夫したこととは?
――自分の手を離れて誰かに託す。医療的ケア児の親御さんにとって、母子分離の通学は期待以上に心配もあります。今回のモデル事業を未来につなげるために、保護者・看護師・学校がタッグを組みどのような取り組みをしたのでしょうか。
金野さん「今まで自分の感覚でやってきたことを文字化してマニュアルにして、っていうステップが最初はハードルが高く感じました。自分ですべてケアをする負担もありましたが、親だからわかるなんとなくの塩梅でできる楽さもあったんです。
必要なケアについて共通理解できる環境整備は大変でしたが、看護師さんとのすり合わせの期間もしっかりと取ってもらえたので、最終的には安心してお任せできました。
自分以外に看護師さんたちの目が加わることで、今まで気づかなかったことを知ったり、相談できたり、家族以外にも息子を見守ってくれる人が増えたことがうれしいです」
鈴木さん「いつもの訪問支援サービスのなかで、看護師さんの息子への声かけや関わり方、吸引の仕方も見ていたので、そこまで心配はありませんでした。
これが初めて関わる看護師さんと通学するということだったら、心配で自立させるまでもっと時間がかかったかもしれません。普段からナンシーで息子を見ている看護師さんが車両に同乗するということは心強かったし、今回の取り組みの大きなポイントだったと思います。」
――同乗するナンシーの看護師も最初は心配だったそうですが、「もしも」に備えて保護者と密にすり合わせを行ったことが自信につながったと言います。
ナンシー看護師「すり合わせ期間は、お母さんに何度も時間をとっていただいて綿密に準備しました。お子さんの体調に変化があった時どのような様子になるのかなど、緊急時のフローシートも細かく作成し、災害時の対策なども考えました。
下校時は先生とどのように引き継ぎを行っているかなども含めて、何度かお母さんに同乗していただき、しっかりと共通認識を持てたので心の準備ができました」
「いってらっしゃい」と「おかえりなさい」をあたりまえに。そんな想いから始まった横浜市の「通学支援モデル事業」。
後編では、初めて玄関からお子さんへ「いってらっしゃい」をした時の心境や、通学支援が始まってからの生活や心の変化、そして通学支援事業の未来に迫ります。
医療的ケアが必要であっても学びの時間が確保され、友達や先生と共に学校生活を楽しめることを親御さんは望んでいます。
ナンシーではこれからも親子の「やってみたい」を叶え、既存の「できない」を覆し多様な「あたりまえ」を作るために、自治体や地域の方々と協働でチャレンジを続けます。
ナンシーでは看護師が医療的ケア児や障害児のご自宅に伺い、お預かりしています。お子さん一人ひとりに合わせたケアや遊びを行っていますので、ご興味がある方は、ぜひお問い合わせください。お待ちしています。